2013年 03月 28日
かんな
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OLYMPUS E-410




この鉋
買って二十年ほどになる
買った当座は面白がって毎日削ったが
忙しくなってやめていた
去年あたりからまた削っている
忙しくなくなったということだろうか

考えると面倒だが
やってみると案外そうでもない
ひとつの儀式だと思えば苦にならない
それに
味のチガイが目に見えてわかるのが面白い


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うどん出汁用雌節の粗削り



鰹節の削り方は
押すか
引くかである
押す方がやりやすい人は押せばいいし
引く方がやりやすい人は引けばいい
ただし
手に持つ部分と
削る方向を間違えてはイケナイ
手に持つのは尾で
削る方向は腹から頭に向けてだ
それさえ憶えておけば小学生でも削れる

薄く上手に削るには
鉋の刃の出し入れが重要だ
出しすぎてもうまく削れないし
引っ込めすぎてもうまく削れない
鉋台の頭と尻を木槌で叩いて調整する
頭を叩けば刃が引っ込み
尻を叩けば刃が出る
刃は0.2mm以上出してはイケナイ

それでもうまく削れないときは
裏技がある
鰹節の削る面を塗れ布巾で湿らせる
あるいは鰹節を直火にあてず暖める
鰹節が少し軟らかくなると削りやすくなる

それでもうまく削れないなら
鰹節屋で削ったものを買ってくればいい

by ikasasikuy | 2013-03-28 07:44 | 食文化論 | Comments(18)
Commented by じゅんた at 2013-03-28 08:17 x
ikasasikuyさん
こんにちは
必要にして十分な取り扱い説明です
すばらしい
ぱち
ぱち
ぱち

ところで
うどんだしには雌節なんですか
それに
雄節と雌節との区別も知らずにいました
なんにも知らない残念な人生でした
 ずる
 ずる
 ずるずる~ (←うどんを啜る音のつもり)
あはは
あはは
Commented by ikasasikuy at 2013-03-28 10:38
じゅんたさん
こんにちわん

昔は押してたんですが
最近は引いています
理由は
その方がやり易いからです
えへへ
えへへ

鰹節は
カツオを三枚に下ろして片身をさらに上下半分に切って作ります
側線から上(背)が雄節、下(腹)が雌節です
雄節は背側の節で脂が薄く上品な出汁が出ます
雌節は脂分が多くコクを求める料理に合います
上品なうどんには雄節の方がいいかも知れませんが
ボクは下品なので雌節をよく使います
雄節も雌節も本節と呼ばれます

もうひとつ
小さな鰹節から作る亀節というのがあります
三枚に下ろした状態で背と腹に切り分けずそのまま鰹節にしたものです
カタチが亀の甲に似ているので亀節です
ひとつの鰹節で雄節と雌節が同時に削れて
味もそれぞれのよい部分を同時に味わえます
しかもお値段も本節よりお安い
これは言うことないなぁ・・・
ということを書いている人がいました
http://www.aozora.gr.jp/cards/001403/files/49986_37674.html
このひとは物言いが横柄で一般人を小馬鹿にしたところがあります
おそらく物事に細かく気難しく口喧しいひとだったのでしょう
でも言っていることは概ね正しいと思います
えへへ
えへへ


Commented by ゾン at 2013-03-28 11:23 x
イカさん。
じゅんたさん。

おはようございます。

じゅんたさんが書いてはった
雄節、雌節があるなんてボキも知りませんでした。

イカさんはなんでもよう知って春な~
亀の甲より年の功やな~

ボキも亀の甲より年の功に
いつになったらなれるんかな~

(先に言うときます、ラドン師匠~
 むりむり~)
Commented by ikasasikuy at 2013-03-28 11:42
ゾンさん
おはよごだます〜
今日も楽な修業ごくろうさまです〜
ボキもゾンさんみたいに遊んでて給料もらえる会社に勤めたかったな〜
ほんで市役所の近くで脂っこいラーメン食べたいです〜
>よう知って春な~

ほめてくれるんはうれしいけど
じつは
植物の名前とか
外国の地名とか
機械の構造とか
知らんことの方がはるかに多いんですよ
でも
好きなことは憶えやすいです
鰹節は料理の本をよく読むので自然と憶えました
料理人になったらよかったかな〜
死んで地獄に行ったら
冥土カーフェリーのターミナルビルで店舗借りて
てんぷら「ささ木」をやろうと思います
バー・ショウヅカのとなりが今空き家になってるらしいです

いやいや
それよりも
血の池地獄に水上レストラン作ってオーナーシェフになるほうがヱヱな〜
「水上レストラン・ブラッドポンド」
おすすめメニューはボウズハゼの蓮の葉包み焼き
ゾンさん食べにきてや〜

Commented by ladon at 2013-03-28 11:44 x
学生時分
実習で(大阪府立布施工業高等学校)
旧制、航空工業学校
つまり、飛行機に関する工業学校でした
道具の扱いをやらされるんですが
鉋の刃砥ぎと刃の調整が必修で
実技の点数の多くを占めるもんでした
刃砥ぎは結構高得点でした・・・
刃の調整はまあまあちゅうとこでしたが・・・
この鉋の刃の調整
大工さんは普通に金槌でやったはりますけど
実習教官の江上先生
宮大工上がり(やったと思う)渾名、ペテヤン(意味は未だ不明)
は、木槌でやるのがホンマや!!
金槌やと、微妙な刃の出し入れが出来ん!!
と、のたもうてはりましたん思い出しました
台頭・台尻共左右の端を叩く事で
刃が斜め(確か叩いた方の体側が出入りする)
に出入りするんで、刃が台に直角になる様
叩き具合を練習させられました
大祖母ちゃんが使うてた
古い、黴が生えた様な
鰹節削り有ましたけんど・・・
何處へいてもたか・・・
今は、削り節買うてくる処か・・・
アンタ、出汁の素なんて
粗気無いもん使うて・・・ハイ
ほな、昼飯つくりまっさ
おはよごだました
Commented by ladon at 2013-03-28 11:56 x
ゾンさん
無理な事ないで~
何やらは長生きするていふからね~
歳の甲羅はほっといても
厚うなります
バー・ショウヅカのチーママ
オババが、隣の空き家
野良のオッサン下見に来とった
て、言うてたと・・・
ゾンさんには
蓮の葉包み焼きなんて
上品過ぎて・・・
油地獄の脂使った
コッテリ・ギットリの
人骨ラーメンがお勧めかと・・・
はははは・・・
Commented by ikasasikuy at 2013-03-28 12:25
ladon師匠
おはよごだます

え〜
飛行機作る学校行ったはったんですか
しかし
飛行機作るんに
鉋いりますか〜?(by ゾンビ正人)
刃の調整はペテヤンせんせの言う通り
木槌でやらなあきません
もちろん金槌でもやれますけど
そこはそれ
金槌で鉋台叩くのは
うどんをフォークで食べるようなもんや

まあ
そんな意味合いではないかと・・

天王寺の駅前に立って食べるうどん屋があるんですが
二回食べて二回とも食べてる最中に戻しそうになりました
原因は出汁が化学調味料たっぷり
別のとこにある立って食べるうどん屋はどうもないんですよ
(化学調味料の量が少ないと思われる)
え?
なんです?
もっとちゃんとした店でうどん食え?
まあ
そうですね
ほんで
出汁の素ですが
うちも長いあいだそうでした
あるときシマヤからおかべやに変えたんですが
目ぇからウロコが二十枚
なんやこれゆうぐらい
豆腐とほうれん草の味噌汁がうまかったんです
成分表見たら化学調味料一切含まず
それ以来
つい五、六年前までおかべやの世話になってました
いっぺんなくなったんですが
復刻版出てるようです
http://www.okabeya.co.jp/syohin/syohin_dashi.html


Commented by ladon at 2013-03-28 13:43 x
母校は戦後
建築・電気・機械の三科の
工業高校となり
私目は建築科の生徒でありまして
鉋の実習と相成る訳でございます
航空工業時代は
滑走路もあり
一式戦闘機(隼)なんかも有ったそうです
戦時中は、軍需施設と目され
重点爆撃を受けたそうで
内のオカンが、女学校(八尾高女)の
生徒の時で、屋上から
その様子がよく見えたと話てました
飛行機の学校やった名残か
機械科の工場に軽飛行機が吊ってありましたし
高校では珍しいグライダー部がありました
そのグライダー
戦後初めて作られた航空機やったんですが
東大の木村秀正ちゅうオッサンの作った機体が
若干遅いにも関わらず、東大・木村のオッサンの
ネームバリューで、一番機に登録されてもうて・・・
母校の機体はJA0002の番号で
私の生徒時分は現存してましたが、まだ有るんやろか?
1号機となった機体は当時もう無くなってました
その機体を作ったのが担任の松本武雄先生(ゲンさん)
頭が恐ろしく大きく玄翁みたいやったから付いた渾名
すんまそん、鰹節削り鉋から
あらぬ方向へ飛んでいてしもて
飛行機やから飛んでいくて・・・
Commented by ikasasikuy at 2013-03-28 16:50
ladon師匠
おはよごだます
さいでしたか
旧制航空工業学校
軍需産業のバックアップをしていたのですね
ところで
学校にあった一式戦闘機は
順番から言うと零式戦闘機の改良版ということですか
製造者を調べたら
ゼロ戦は三菱重工業で隼は中島飛行機というのが引っかかります
ほんで
どうみても一式の方がカッコヱヱです
それにニックネームが「隼」です
それにひきかえ零式戦闘機は「ゼロ戦」て略称ですやん
吉野家の牛丼をヨシギュウゆうのと同じです
ほんで
そのあとの二式戦闘機が
一式よりぽてっとして不細工なのも不思議です
ほんで
個人的には三式の飛燕がいっちゃんシュッとして見えます
ファストバック形式の風防はメッサーシュミットのPKRやと思います
ほんで
玄翁と金槌は長いあいだベツモノやと思てました
つまり
でかいのが玄翁で
ちょんまいのが金槌
振ったらお金が出るのが打ち出の小槌ですね
芦屋に「打出小槌町」という町があります

Commented by ladon at 2013-03-28 17:25 x
ゼロ戦は
零式艦上戦闘機が正式名で
海軍ではレイシキセンと呼称してたみたいです
皇2600年に正式採用で零式です
陸軍では皇紀を使用せず
開発順に1式から始めたようですが
海軍も陸軍も皇紀2600年までは
年号を使ってた様で
海軍は96陸攻・97艦爆・99艦爆
陸軍では97式戦闘機てな
飛行機があります
零式戦闘機は、中島のエンジン積んでたこともありますし
中島飛行機が零式戦自体を製造してた事もあります
他に日立や松下(電気)も作ってました
今なら、三菱自動車と富士重工です
Commented by 猫宮トラオ at 2013-03-28 17:30 x
こんにゃちは

先ず昨日ネタですんませんが、徳島県でのカルチャーショックは
「赤飯に砂糖を掛けて食す」ことです。
いかに阿波三盆の当地といえど、甘党といえどチョッとこれは。
まあ、胃に収まれば原料的には大福餅と同じなんですが。

で、このお道具。
一見、何でも無いような引出の取っ手すらキッチリした鍛造で
作られていて、タダの鉄線をC字型に曲げたような安物ではない全ての部分が拘りの名品とお見受けします。
鉋の刃など、さだめし髭を剃れるほどの精緻なんでしょう。
引出も鉋も蓋も一部の隙無く納まるように見えます。
Commented by ladon at 2013-03-28 17:40 x
二式戦は【鍾馗】で迎撃用局地戦闘機です
三式戦は【飛燕】、水冷エンジン搭載で
メッサーシュミットBf109の焼き直しで間違いおまへん
四式戦は【疾風】で全てに於いて日本最高性能と
いっても過言は無いと思います
五式戦は三式戦のエンジンを
水冷から空冷の星型エンジンに換装した
戦闘機です
無理矢理換装したので不細工な外観です
海軍の【彗星】艦爆もその手の奴で
性能的にはどちらも大差なく
整備の手間がチョット楽になった程度です
どっちにしろ、敗色濃厚
資材の不足、技術力の無さと言う時勢於いて
はね・・・どうもいかん
まあ、よう頑張ったほうですは
Commented by ikasasikuy at 2013-03-28 18:28

ladon師匠
おはよごだます
飛燕は陸軍の飛行機でしょ
正式名称の三式戦闘機の三式は
1943年(皇紀2603年)に制式採用されたからと思てました
製造者川崎航空機ですから川崎重工ですね
カワサキのバイクはいっぺんも乗ったこと有馬温泉けど
飛燕の末裔なんですねぇ
ほんで
四式がニッポン最高性能やったんですか
しりませんでした
写真で見ると風防も昔に戻ってるし
三式より古くさい感じがすると思たら
カワサキやのぉてナカジマに戻ってますね
ほんで
五式がまたカワサキに戻ってるんですが
これは飛燕をぐっと不細工にしたような機体で期待はずれです
それにしても
四式も五式もふしぎと制式採用が皇紀年号と符合してる気がします
ほんで
二式の鍾馗さん
京都の町屋の屋根によぉいてはりますね


Commented by ikasasikuy at 2013-03-28 18:50
ねこどの
徳島で赤飯に砂糖ですか
_u_m_u_m_u_
聞いたことないです
甘いものが苦手なのであんまりやりたくないですが
赤飯に砂糖
あると思います
それより
隣の香川県では
雑煮の餅があんころ餅です
白味噌仕立ての汁にあんころ餅て・・・
ひごろうどんばっかり食べてない県民なので
正月ぐらいは風変わりなものを食べたくなるでしょうか
ほんで
鰹節削り器は
高級品になると五万円〜十万円
普及品は五千円前後ではないでしょうか
わが家のはお値段は忘れましたが中級品です
ぼちぼち刃ぁ研がんなんなぁと思いつつ
ついついそのまま使てますです

うちの先祖は備前岡山藩の刀研です
代々杉山家を名乗ってましたが
それがしの5〜6代先代の杉山不能がなにかしでかしたかして追放され
以来いまのささ木姓を名乗ってますが
それがしはほんまはスギヤマなんです


Commented by 猫宮 at 2013-03-28 19:39 x
そうですか、刀つながりですね。

今は兵庫県ですが明治初期までは美作国だった飛び地みたいな
大田舎で先祖も神主の刀鍛冶でした。
明治になって戸籍上の曽祖父が何かの理由でブチ切れて刃傷
沙汰を起こし、子供がいないまま責任とって自害してしまい
曽祖父の弟の息子(祖父)が家督を継いで、その三代後が猫宮
です。
子供の頃は「先祖の血が騒ぐのか」カンテキに炭火起して
釣りのオモリだの亜鉛製のチューブの空になったのを集めて
溶かして遊んだものです。
祖父は尼崎に出てきて1斗缶の再生業やってました。
刀鍛冶の子孫も落ちぶれたものです。にゃはは・・・
Commented by じゅんた at 2013-03-28 20:09 x
ikasasikuyさん
ladonせんせい
こんにちは

亡父から
 名古屋の高等工業の航空を卒業して
 すぐ海軍に就職?し
 厚木工廠で雷電を作ってた
 敗戦後は
 未完成の機体を牛車に積んで谷に捨てに行った
と聞いたことがあります
どうも
ただのぺーぺーの現場監督だったみたいですが
戦後ポツダム中尉になったといってたし
海軍の白い礼服を着た写真もあったので
あながちうそではないかもしれません

亡母は厚木工廠に
学徒動員で行っていたらしいので
私が今ここに存在するのは
そのあたりなにかがあったのでは
 ないかな? (C) by 桂枝雀
なんちて
あはは
あはは
Commented by ikasasikuy at 2013-03-28 20:26
ねこどの
スギヤマです
岡山県津山市二宮松原千九百三十四番地が本籍地でした
ほんで
お城では
刀鍛冶と刀研ぎでは刀鍛冶の方が上位です
ボクが小学校二三年生ぐらいまで
家の押し入れやら床の間やら引き出しに
ぎょうさん刀がありました
なんでか
どれも切先が折られてました
刀を一本持ち出して庭のサクラの木を切ってたら親父に見つかってどつきまわされたことあります
商売がうまいこといかなんで家が傾いたおりに
親父が出屋敷の質屋に刀やら掛け軸やらぎょうさん持っていって
ぜんぶ叩き売って凌いだことありました
子供心にうちは急に貧乏になったんやなぁ思いましたです
Commented by ikasasikuy at 2013-03-28 20:44
じゅんたさん
こんにちわん
雷電といえば
254勝10敗、勝率九割六分二厘で角界史上最高勝率を誇るの雷電為右衛門ですね
高校三年の時
ピーターポールアンドマリーのハングマンという曲
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=UNSyqazXfGE#!
を歌うとき
Slack your rope hangman, slack it for a while
I think I see my father comin' ridin' many a mile

ridin' many a mileを
こっそりライデンタメヱモンと歌っていてところ
トモダチにばれました
ほんで
お父様とお母様は
海軍将校と学徒動員の女学生だったんですね
ほんで
厚木でナニかあったのでは・・・とお疑いなんですね
_u_m_u_m_u_
たしかにそのあたりがあやしいです
まちがい有馬温泉
うふふ
うふふ




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