2013年 05月 02日
本場の味
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本場の味


本場の味・中華そば
屋号らしきものは見当たらない
「本場の味」という名前の中華そば屋なのか・・・
それはそうと
「本場」とはどこのことを言ってるのだろう
支那そば発祥の地、東京か
それとも支那そば伝来の地、支那か

昼どきなので
勇気を振り絞って入ってみる
というよりこの商店街
ほかに選択肢となる飲食店がない・・・

4人掛けテーブル一つにカウンター5〜6席
厨房はやたら広いが客席は恐ろしく狭い
カウンターの上には
飲みかけのお茶や牛乳瓶が片づけられずに放ったらかされている
テレビのリモコン、読みかけの雑誌、新聞なども散乱している

 外したか・・・

テーブル席には常連客らしき老夫婦
食べ終わっているが店を出る様子はない
すっかり寛いでいる
二人あわせると150ぐらいか
厨房の中にはぽつんと店主のお爺さん
草臥れ果てて
骨と皮と筋になっている
むかしなつかし「ホネカワスジヱモン」だ
大きな病から奇跡的に生還したような体格である
ときどき三人でなにやら雑談をしている
三人で同時にタバコを吸うものだから
店の中は煙が充満していてとてもタバコ臭い

 外したな・・・

と後悔した
しかも
「いらっしゃい」
のひとこともない
店主のお爺さんはキョトンとボクを見ている
「オマヱワダレ?」
というような顔をしている

 完全に外したな・・・

出ようかと思ったが
とりあえず
「中華そば」
と言うと
こくんと小さく頷いて作り始めた
耳は聞こえているようだ
カウンターに座る
しかし
動作は極めてのろい
大丈夫か・・・
昼の間にできるのか・・・


しばらくして
出てきた
お爺さんはボクの前に中華そばの丼を置くと
とりあえず散らばってる新聞とチラシ広告を片づけてくれたが
飲みかけのお茶のコップや牛乳瓶はそのままだ
水も出ない


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中華そば




中華そばである
出汁が
うわぁ〜〜〜!
思い切り濁ってる
味噌汁のような濁り具合だ
豚骨系かと思ったがそうでもないみたいだ
いろんなものからいろんな雑味が出ているのだろう
長時間
つまり何日も
煮込んでは冷め
冷めてはまた煮込みを繰り返したと思われる
こわごわレンゲで一口飲んでみた
「ん・・・?」
ほとんど味がしない
濁った泥水を飲んでいるような粉っぽさも感じる

さすがのぽーる61番弟子でも
これを
「うまいっす」
とは言わないだろうなぁ・・・
いくらなんでもなぁ・・・

焼豚も味がしない
豚肉をただ茹でて薄く切っただけのような・・・
それに
シナチクが変に甘いのはなぜだろう・・・

麺は黄色みの強い中細麺だ
かん水を大量に使っていると思われる
歯応えは悪くない


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結局
麺だけ食べて具とスープを残して店を出た
500ヱン也
お金を受け取ったときだけ
「ありがとうございました」
と口を開いた
現金な爺さまだ
結局
なにが本場の味なのかは謎のままだが
謎を解明する気力も失せてしまった


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今治銀座 PM5:02



くだんの「本場の味」は
今治銀座の北の外れにあった
それにしても

 開いている店の少ない
 歩いている人の少ない
 寂しい銀座であった

昼遊びを終えて
駅に向かう途中に撮った写真だ
昼もガラガラだったが
夕方の5時過ぎでこの有り様だ
絶対ということは絶対にないけれど
この世紀末のような寂寥感を一度味わったら
絶対にこの町に住みたいと思わなくなるにちがいない

 (昼ごろ、本場の味を食べたときに撮った今治銀座の冩眞)

by ikasasikuy | 2013-05-02 07:35 | めん類学 | Comments(16)
Commented by juntaseasons at 2013-05-02 07:50
ikasasikuyさん
こんちちわん

災難でしたねー

お爺さんの苗字が
 本場(ほんじょう)さん
だたりして・・・・

 そんなこと
 あらへんやろー (C) by 大木こだま

あはは
あはは
Commented by ikasasikuy at 2013-05-02 08:33
juntaさん
おはよごだます

たしかに
えらいめにあいました
ほんで
お爺さんの名前がほんじょうさん・・・
なるほど

そんなやつはおらへんやろ〜
ほんじょうしまっせ〜

いひ
いひ

Commented by ladon at 2013-05-02 10:15 x
おはよごだます
今治だけやなしに
全国アチコチに
こんな商店街ありますんやろな
ほんで、昔の賑わいをと・・・
商店街の活性化やとか言うて
根本的な事考えず
薄っぺらい事にしか、よう行き着かんのでしょうね・・・
たとへば、若いアーチストてな鼻持ちならん
傲慢不遜な輩を引っ張ってきて
空き店舗で、屁みたいな作品やらパフォーマンス
売りもんにするんやろね・・・
一時の潮が引くと
アーチストは自分の才能棚に上げて
俺の価値は凡人には理解でけへんのじゃ
と、尻捲り
商店会は見込み違いやったて投げ出し
後は野となれ山となれ・・・
てな、ストーリーが浮かんできます
投げやりで、美味かろうが、不味かろうが
店投げ出さんと、惰性にしろ,しょうことなしにしろ
店やってる(本場の味)爺いが
逞しく、感じますな・・・
エッツ、屁理屈ですてけ・・・
Commented by ゾン at 2013-05-02 10:16 x
そそ
それは おおじょうしまっせ
でっしゃろ~

ぶっひっひ~
Commented by 猫宮トラオ at 2013-05-02 11:08 x
こんにちわ

何か、こう、人の「積極性」や「向上心」を吸い込む何かに
憑かれてるのでしょうか、この店の爺さんは。

しかし、この商店街。死んでますね。
幸い幅員はあるから屋根取っ払って一方通行でクルマ通行可に
して(池田みたいに)新たな活路を見出した方がいい鴨試練で
すね。
Commented by ikasasikuy at 2013-05-02 11:46
ladon師匠
おはよごだます
この商店街
どんどび交差点から今治港まで
一直線に600m以上のアーケードです
道幅も広いし
とてもきれいです
ゴミひとつ落ちてません
まあ
ひとが通らへんねんからゴミも出ぇへんのでしょうけど
これだけの規模でこの集客力
昼間はもとより
夕方の5時過ぎでこれですから
歴史的に見ても
今治がすでに死んだ町であることがうかがえます
全国津々浦々を徘徊しましたが
ここまで衰退した町を見たのは初めてです
もちろん
往時は天神橋筋商店街と見まがうほどの賑わいを見せたことでしょう
大丸、高島屋、ニチイ、ダイエーもあったそうですが
みな撤退しました
残念ながら
今は日本一
いや世界一寂れた商店街になってます
帽子専門店が一軒あって
店を開けてましたのでのぞいてみたら
店主のお爺さんが椅子に座って身動きひとつしません
死んでるのかと思いました
ほんで
本場の味
もし四国へお出かけのことがあって
今治近辺を通過される折りがありましたら
是非一度
味わってみてください
とにかくビックリすることだけは保証します

Commented by ikasasikuy at 2013-05-02 11:48
ゾンさん
今日も修行お休みですか?
え?
朝から発泡酒飲んでる?
いいですねぇ・・
ほんで
>ぶっひっひ~
とは
どうゆうことを意味するの?

Commented by ikasasikuy at 2013-05-02 12:06
ねこどの
こんにちわん
この爺さんは阪神ファンです
店の壁にはタイガースのポスターやら選手の色紙やら
だれかのサイン入りバットやら応援グッズなどが飾ってあって
とても鬱陶しいです
ちょいちょい大阪でもこんな居酒屋ありますけどね
ほんで
「本場の味」を出て数十メートル北に進むと今治港です
つまり
大阪や神戸や岡山や広島や福岡から船でやって来たひとが
まず最初に足を踏み入れるのがこの今治銀座商店街というわけです
往時の乗客数は三十石船が着いた大阪の八軒家の比ではありません
そらもう
船から降りてきた客が
ぞろぞろぞろぞろ
ぞろぞろぞろぞろ
ぞろぞろぞろぞろ
ぞろぞろぞろぞろ
長い列をなして銀座通りを練り歩いたものであります
したがって
今治の地図を見れば一目瞭然
JR今治駅と今治銀座商店街はつながってません
(けっこう離れてるんです)
つまり
今治は一時期
四国の海の玄関口だったわけで
それが
世紀末の1999年
西瀬戸自動車道(しまなみ海道)が開通して
フェリーボートや連絡船が一気に衰退し
わずか十年あまりでこの有り様です
まさか
「本場の味」の爺さんも
こんなことになるとは夢にも思わなんだと思います

Commented by ladon at 2013-05-02 14:07 x
さうですか
船降りた客が通る筋道ですか・・・
行きずりの客・・・
人通りが多いから
又、来る奴は少ないけど
何ぼでも来よる奴は伊予るわい・・・
てな、傲慢で
味や接客に精進する事無く・・・
客来ん様になっても
「俺は金儲けせんでもエエんじゃ!!」てな
台詞吐きながら
慣性の法則で止められず
てな、ストーリーですかね?
エッツ、穿ちすぎ・・・?
Commented by ikasasikuy at 2013-05-02 14:39
ladon師匠

船が交通の主役だった時代は
そうゆうふうに横柄な商売をしていたかも知れません
しかし
今となっては
それでは立ち行かなくなります
それなのにこうやって
ほかが店閉めていくなか
商売を続けていくにはなにか秘訣があるはずです
そこで
思たんですが
この店
ひょっとして
50年ほど前に厚生省が都道府県知事に通知して設置させた
「老人憩の家」
的な役割を果たしているのではないか・・・と
個人商店なので「「老人憩の家」」の表示はありませんが
近所の年寄りが同類の年寄りを求めて集う店
利用料は一回500ヱン(支那そば付き時間制限なし)
ではないでしょうか
どうも先客の老夫婦の寛ぎようといい
店主と客との会話の内容といい
そうに違いないと看ました
したがって
支那そばは施設利用のオマケです
「本場の味」
などという看板に釣られて食べに入ったそれがしが愚かでした
ここはコンビニでおにぎり二個と伊右衛門でも買ぉて
ぼんやりと海でも眺めながら昼食にすべきでした
おにぎり&お茶なら500ヱンでお釣りがきます
あはは
あはは

Commented by 猫宮 at 2013-05-02 15:41 x
なるへそ
明治の昔、鉄道線敷設から外れた街道の宿場町の如く
此処はもはや歴史に彼方に置き去られた場所なんですね。
ほんで、支那そば付き「老人憩の家」しかも「老・老接客」と
いうことで納得です。
「若い人」がイキナリ飛び込んできたので「キョトン」となっ
たと。
大病から復帰したような爺さんに
「他の同業者回って、もっとよう研究して来い」なんて言うのは
いささか酷な話なんですね。
それと、老人相手なら寧ろ、薄口のうどんに変えはった方が
えーかとも思いますね、この店。
Commented by ikasasikuy at 2013-05-02 17:17
ねこどの
死んだ町「今治」ですが
タオルの生産では今治が世界一です
ほんで
うどん屋に転業の件ですが
じつは
商店街の中ほどに1軒
フェリーターミナル付近に1軒
漁港の向こうに1軒
歩いていける範囲に3軒もうどん屋があって
こんだけひとがいない所でライバル多すぎます
特に漁港の向こうのは得得うどんという大型チェーン店で
30〜40台ぶんぐらいの駐車場を構えていて
うどんの味もわからへんような味覚音痴なひとを大量に集めています
とにかく味ではなく駐車場の広さで勝負ですから
クルマ社会の昨今
並みのうどん屋は太刀打ちできません
ここはやっぱり競争相手皆無
独占企業の支那そば屋でしょう

それはそうと
省線の線路や駅は
あんまりひとの住んでない所をよって布設しているのでしょうか
松山でも
JR松山駅周辺は寂しげで
伊予鉄道の松山市駅付近はものすごい繁華です

Commented by 猫宮 at 2013-05-02 18:17 x
得○と言いますと、あの「家族○」がやってるチェーンですね。
広い敷地を確保できる大資本にかかれば個人店は独特の商品力
がないと太刀打ちできませんからね。
そこで「ニッチ商品」の支那そばなんですね(納得)

官設鉄道の不便性は
・ついこないだ(江戸時代)まで1里2里は「すぐ其処」の
感覚で歩いていた。
・煤煙・汽笛や汽車自体の騒音が忌避された。
(火事や家畜への影響を心配)
昭和になって大陸との関係が剣呑になりますと、
A地点からB地点の物資輸送が優先で旅客の利便性は二の次。
(篠山線の例)とかが有ります。
詳しくは
「鉄道忌避伝説・汽車が来た街 来なかった街」をご一読を。
Commented by ikasasikuy at 2013-05-02 19:55
ねこどの
得◎うどん
あれ
家◎亭のチェーンやったんですか
さっきのフェリー乗り場のへんにあるうどん屋というのが
その「家族亭」ゆう名前でした
正式名は「家族亭おとうさん」です
うどんもやってるめし屋ですが
関係あるんでしょうかおとうさん?
ほんで
一軒だけしかない支那そば屋
こういう場合もニッチ市場ゆうんですね
ほんで
蒸気機関車の黒煙はあきませんねぇ
きのうテレビで山口から走るC57見て思いました
あんなんに毎日何本も家の横走られたら
線路沿いに住めません
ほんで
駅ができるとよそ者がきて疫痢が流行するとか(いつの時代や)
そういうのも
変なとこに駅があったり
人里離れたとこに路線がある原因でしょうか
忌避されてたんですね
上新庄に
窓開けたら目の前が新幹線という
下宿屋に住んでる先輩の家になんべんか行ったことあります
列車が通るたんびに窓ガラスがビシビシビシビシいいます
通過し終わるまでなんにも聞こえません
会話も途切れ途切れで・・・
これも鉄道忌避伝説に含まれるのですか

Commented by 猫宮 at 2013-05-02 22:11 x
こんばんは

「官設鉄道の不便性」
忘れとりました肝心な1点、書き足します。
それは
「明治のSLは後から登場した電車よりも遥かに登坂力が弱い」
ことです。
今は亡き有馬鉄道の終点が温泉街のずっと手前で終わっていたり
するのが、その好例です。
官鉄は貨物輸送もするので電車なら何でもないような勾配でも
尚更避けていました。

ほんで、新幹線は割りと早仕舞いするから上新庄のその御仁は
耐えられていたのでしょうね。新幹線に夜行があったら堪った
もんや無かったでしょうね。
長野新幹線のとき小諸市が新幹線忌避やってたと言われてますが
はっきりしません(真偽不明のためこれこそ伝説です)
それと、堺市で阪堺線に接続する形でLRTを新設する計画もありましたが
「渋滞の慢性化」だの「血税を採算不明の事業に投入するな」
とかの市民団体が猛反対し頓挫しました。
これぞ「平成の鉄道忌避」ですね。
Commented by ikasasikuy at 2013-05-02 22:29
ねこどの
こんばんわん

そうそう
昨日テレビで観た山口から出るC57も
機関士が「上り坂が最大の難所です」とゆうてました
坂の下から勢いをつけて
一気に駆け上がらんと
途中で止まったらもうどうにもならんようになるそうです
ほpんで
その時に出る黒煙がものすごかったです
山の木も枯れてしまうのではないかと思いました
峠を越して下り坂になると煙はほとんど出ませんでした
それはそうと
蒸気機関車には
車輪とレールの間にすべり止めの砂を巻く装置付いてましたよね(微かな記憶、自信なし)

上新庄のセンパイの下宿
窓開けて手ぇ伸ばしたら新幹線に触れるんちゃうかと思うぐらいの距離でした
なんでこんな下宿に住んでるのかと聞いたら
家賃がよその半分だと言ってました
その分で煙草と焼酎が買えると言ってました
あの頃の学生は
飯は食わなくても酒と煙草は切らしませんでした

ほんで
大阪の堺は民度が低い住民ばっかりなのでダメです
ボクの師匠も大和川越えたら野蛮人しか住んでないとゆうておられました



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