2007年 04月 08日
wicket of the bottom
今を去ること三十年ばかり前
へら鮒釣りにうち興じていた時期があった
当時まだ二十代のボクは
釣り場で知り合ったご老人たちと友好関係を結んでいたのだった
平均年齢は軽く七十を超えていたと思う
年齢が離れているという以外
特に釣りをする上ではごく対等な付き合いだった
無理に敬語を使う必要もなかった
彼らはボクを孫のように思い
ボクも彼らを実祖父のように思っていたからだ

wicket of the bottom_c0120913_21343678.jpg


そのころ住んでいた家の近くに
新池という小さな池があった
市立西宮高校の横の池といえばわかるひとはわかるだろう
あるとき
ボクがへら鮒釣りをしていると
昼休みなのか
近くで土木作業をしていたニッカボッカ姿の作業員が三人
わいわいがやがやとやってきて
少し離れた場所で釣りをはじめた

「パンはあかんなー」
「すぐとれてしまうなー」
「はい、交代、交代」
「まだ早いやろー」

パンくずをエサに
三人で一本の竿をかわるがわる手に持って釣っている
だれはばかることのない大声で
にぎやかなことこのうえない

「やっぱりエサやでー」
「むこうのひとなんのエサやろ」
「ちょっとみてくるわ」

三人のうち一番若い作業員がボクのところへきた

「釣れますか」
「いや、釣れません」
「エサはなんですか」
「マッシュです」

ボクより少し年下に見えるその青年は
態度も言葉使いも見た目よりずっと礼儀正しい

「いっぱいあるからあげましょか」
「ください」
「蕨うどんもありますよ」
「じゃあ、マッシュとうどんください」
「いいですよ」

少々無遠慮だが
はきはきしていて気持ちのよい青年である
マッシュを一握りと蕨うどんを少しわけてやると
大喜びで駆け戻っていった

「もろてきた、もろてきた」
「なんやこれ」
「マッシュやて」
「どやってつけんねん」
「小さいだんごにするみたいや」

声が大きいので
彼らの会話は手に取るようにわかる
しばらくすると
ひときわ大きな嬌声が起こった

「やったー」
「釣れた、釣れたー」
「おおおおー」
「でかい、でかい」
「わはははははー」

竿を置いて見に行くと
エサをもらいにきた青年が釣ったらしく
ボクのほうに向き直ると
少し誇らしげに獲物を掲げて見せた

「マッシュで釣れましたよ」
「そうですか、よかったですね」

ボクが微笑むと
青年も照れくさそうに微笑んだ
20cmほどのやせ細ったマブナだった

「このへん喫茶店もないし、弁当食べたあとヒマですねん」

最年長と思しき作業員がボクに言った
30歳ぐらいに見えた
昼の休憩時間をもてあましている様子だった

「池あるしなんか釣れるんちゃうか、ゆうてね」
「たまにコイも釣れるみたいですよ」
「コイ釣れますか」
「ボクは釣ったことないですけど、釣れます」
「コイきたら折れるやろね、この竿」
「いや、大丈夫でしょう、そんなに大きいのはいてません」

と言いながら
見るとはなしに彼らのタックルを見ると
安モノの太い万能竿に少々太すぎる道糸である
たしかに
これを折ったり切ったりするような魚はここにはいない
しかし
ボクが驚いたのはその先だ
糸の先には桃色の巨大な玉浮子がぶらさがっていたのである

「その浮子、でっかいですね」
「そこで拾いましてん」

よく見ると
それは浮子ではなかった
イチジク浣腸の容器だったのだ

「もう時間やで」
「もう一回だけ」
「あかん、あかん、また怒られるぞ」
「ああ、しゃあないなー」

彼らは
イチジク浣腸がついたままの道糸をぐるぐる竿に巻きつけると
ドタバタとあわただしく去っていった
池はまたもとの静けさに戻った
この日
へら鮒は一匹も釣れなかった

日頃
イチジク浣腸など目にすることはないが
たまさかに見たり聞いたりしたとき
ボクは必ず忘れかけていたこの日のことを思い出す
そしてひとり
思い出し笑いをしてしまうのである



今日
阪神競馬場第8レースで
エネルマオーという馬が走った
半馬身差の2着だった

「エネルマて浣腸のことちゃうの?」
「浣腸はエネマやろ」
「あそうか‥‥‥」

その瞬間
ボクの脳裏に
この日のこのシーンが鮮やかによみがえってきたのである


また
折りしも今読んでいる
吉村昭著「事物はじまりの物語」の
石鹸の項目に「イチジク浣腸」の文字が見られる


by ikasasikuy | 2007-04-08 21:33 | 釣り文化総論


<< boiled octopus      osaka twilight ... >>