2006年 10月 25日
やなぎ
秋風がすこし哀愁を帯び始めた神無月の二十五日
この日も着流しの浪人姿に身を隠した平蔵の姿が市中にあった
朝方まで煙るように降った雨は熄んでいた

堺筋本町の交差点から堺筋を少し北にあがったところの
瓦町一丁目に
「やなぎ」はあった

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聞けば大正七年の創業というから
逢坂でも老舗中の老舗のうどん屋といってよい
しかもこの店の鰹出汁は超一級品と聞き及び
しばらくうまいカレーうどんに出会っていない平蔵の足取りも心なしか
「軽かった」

間口はさほど広くはないが奥行きがあり
2階にも客席を設けている
まだ四つ半(現代の午前11時)というのに
押しかけんばかりの客の入りである
広い店内はあっというまに満席となった
大店が建ち並ぶ場所柄(現代でいうビジネス街)とはいえ凄まじい繁盛ぶりである
茶を運んできた女中に
「カレーうどんはできるか」
と問うと
「できますでございます」
「ではカレーうどんをたのむ」
「お昼の時間はおにぎりと香の物がつきますが」
「いらぬ」
「単品でございますね」
「さよう」
と言い放ってから
これは「まずかったかな」と平蔵は思った
見ればほぼすべての客がサービスのおにぎり付きである
「カレーうどんの単品では怪しまれはせぬか」
このことであった
しかし
案ずることはなかった
店の者は注文と給仕に忙殺されていて
単品の客を怪しむゆとりさえないようである

待つこと十分弱
平蔵の前にカレーうどんが運ばれてきた

やなぎ_c0120913_143656.jpg


立ち上がる湯気から
「ツン」とカレーの香辛料が香り立つ

まず出汁をひとすすり
「むむ・・・これはいかぬな」
たしかに和風鰹出汁がよく出ているのだが
カレーの香辛料が効きすぎている
ピリピリと舌を刺す辛さである
そもそもカレーうどんとは
印度と邪馬台国の異文化コミュニケーションであらねばならぬ
これでは印度人もビックリではないか

次に麺をひとすすり
「むむむ・・・これもいかぬわ」
麺にコシがありすぎるのだ
しかも太い
これはまったくの讃岐風ではないか
麺に出汁が絡まぬ
ここに至って平蔵は
がっくりと肩を落としたものである

それにしても
これが大正七年創業の逢坂うどんとはとても思えぬ
近年のさぬきうどんの台頭は
このような老舗にまでも悪影響を及ぼしているのである
「自家製麺」が聞いて呆れる

席を蹴立てるように店を出た平蔵は
秋らしくないどんよりとした曇り空を見上げながら
「いかぬ、いかぬ」
と何度もつぶやきつつ雑踏へ消えていった

by ikasasikuy | 2006-10-25 14:01 | カレーうどん改メ


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