2006年 10月 05日
御堂筋を南へまっすぐ下ると高島屋に激突する 激突をさけるには右か左に曲がるしかない ボクらはこの1930年代前半建築の古い建物を 「高島屋」「高島屋」と呼んでいるが 本来は南海電車のなんば駅ビルなのである 建築当時 この駅ビルで百貨店業務を行うための権利をめぐって 高島屋と三越が激しい争奪戦を繰り広げたらしい 結局 元大蔵大臣や大阪市議会議長のコネを使った高島屋が権利を得た 巨額の賄賂が飛び交ったことは言うを待たない 高島屋は御堂筋北詰の阪急に対抗するために 是が非でもこの権利が欲しかったのだ 戦時中は度重なるB29の空襲で 大阪の町はすっかり焼け野原となってしまったが 高島屋は爆撃に遭いながらも倒壊は免れた 終戦直後 梅田の阪急の前に立つと 南の方角には高島屋しか見えなかったという この駅ビルが いかに強靭な建築物であったかがうかがい知れる 竣工 第一期.昭和5年(1930) 第二期.昭和8年(1933) 所在地 大阪市南区(現 中央区)難波5-1 設計 久野節建築事務所 施工 大林組 構造 鉄筋鉄骨コンクリート8階、地下2階
by ikasasikuy
| 2006-10-05 17:05
| 建築学
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