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2012年 03月 31日
いつもの川 其の六十二
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by ikasasikuy | 2012-03-31 07:19 | 釣魚小全
2012年 03月 30日
鍋田ガラス
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山桜朧月
OLYMPUS E-410 with Zuiko 35mm F3.5 Macro




鍋田尚男の新作をふたつ

ひとつは
「山桜朧月」
さくらとおぼろづき
奈良の山間に咲く山桜と
その山越に出たおぼろづき
なんともいえない春らしい色合いだ

 障子には夜明のいろや朧月
               也有

それにしても
作者の顔と作品の美しさが結びつかない
この落差がまた面白いのである

誤解のないように付け加えると
鍋田尚男は男前だが
歌舞伎役者のそれではなく
山猟師の六太夫のような荒々しい男前である

 どんな男前なのかよくわからないという指摘もある


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鶯鶸萌黄白磁



もうひとつは
「鶯鶸萌黄白磁」
淡い緑色の鶯と鶸である
ボクは大きな鳥が嫌いだが
雀、目白、鶯(うぐいす)、鶸(ひわ)、青鵐(あおじ)などは好きだ
いちばん好きなのは百舌の雌
ほおずりしたくなるほど可愛い

 話が脱線しているという指摘もある

そうそう
鍋田ガラスだった


さて
この器に
何を乗せるかと考えているところに
なぜか
ぽーる61番弟子から和菓子が届いた


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干し柿の中に栗キントンが忍ばせてある「からくり柿」と
栗キントンを葛餅でくるんだ「森の実かくれんぼ」
岐阜の銘菓だそうだ

 何軒か食べ歩いて
 これが一番美味しかったらしい
 しかしぽーるくん甘党だったかなぁ
 酒飲みのうどん食いだとばかりと思っていた

 あ
 そうか
 いっしょに行ったひとが甘党なのか・・・
 なるほど
 なるほど

甘いもののことはよくわからないけれど
中津川は栗キントンが有名らしい

面倒臭い包み紙を開けてみると
おぉ・・・これは絵になりそうな和菓子

 かなり高級な和菓子だなぁ
 ぽーるくんて金持ちだったのか

さっそく
鍋田ガラスに乗せてみる


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うむ
とてもよく似合う(と思う)
菓子の色や形や大きさと器のバランスがおもしろい

ナベちゃん
ぽーるくん
素敵な春をありがとう

by ikasasikuy | 2012-03-30 07:42 | 芸術総論 | Comments(12)
2012年 03月 29日
L-1
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Gibson L-1
OLYMPUS E-410 with Zuiko 35mm F3.5 Macro




東京でギターを一本買った
シリアルナンバーは "01382023"
前にもここで書いた通り
シリアルナンバーの8ケタ数字の
1番目と5番目は西暦の下2ケタを表している
0と2なので2002年製だ
2番目から4番目までの3つの数字はその年の1月1日から数えた日付を示す
138なのでつまり5月18日ということになる
6番目の数字は作られた場所
0〜2はモンタナ、3〜9はナッシュビルだ
これは0なのでモンタナ工場で作られたものだ
最後の2つの数字はその日の何番目に作られたかを示す
というわけでこれは

 2002年5月18日にモナタナ工場でその日の23本目に作られたギター

ということになる
ニンゲンの出生記録よりしっかりしている

本当は
ナショナルのリゾネーターが欲しかったが
これを弾いてみたらこれが欲しくなってしまった
ブルースを演るのにちょうどいいサイズのギターだ
それに
12フレットジョイント
なんとも言えない「しっくり」感がある
おまけに
どずさんのおかげで安く買うことができた
彼はもんじゃ焼き屋や都電の案内だけではなく
楽器屋にも顔が利くのである


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Gibson L-1



Gibson L-1は
ロバートジョンソンが弾いていたと言われているギターだが
じつのところは定かではない

わが家には
ロバートジョンソンとされる人物が写っている写真(コピープリント)が二枚ある
スーツを着て帽子をかぶっている方は12フレットジョイントのギターだが
くわえ煙草で写っている方は14フレットジョイントだ
つまり
くわええ煙草の方は "L-1" ではないのである

町から町へ渡り歩いたブルースマンが
ギターを二本も抱えて移動するとは考えられない
つまり
どちらかがホンモノで
どちらかが「撮影用」に持たされたギターだと思う
そこで
ボクは史実をかき集め
考察に考察を重ねた上に無い知恵を絞り
前者が実際にロバートジョンソンが使ったギターだと思う(思いたい)のである

とは言うものの
残されたこの二枚の写真が
本当にロバートジョンソンかどうかさえ定かではない
二枚とも別人であることもなくはないのである



L-1を買ったついでに
Gibsonのニッパーも買った


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弦を張り替えるときに使うのである
ちゃんと "Gibson" のロゴも入っている

 カタカナじゃないかという指摘もある

"Gibson" の姉妹店の "Daiso" で買ったものだが
なにか?


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深夜
ふと目が覚めて
"L-1" を小さな音で鳴らしてみると
なんということだ
ロバートジョンソンのように指が動くのである
そして
小さな声で歌ってみると
驚いたことにロバートジョンの声になっているのである

 病院へ行かなくて大丈夫かという心配もある

たしかに
大丈夫じゃないかもしれない
しかし
悪い気分ではない

by ikasasikuy | 2012-03-29 10:22 | 楽器 | Comments(8)
2012年 03月 28日
都電荒川線
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都電荒川線王子駅前付近
OLYMPUS E-410



東京でトラムに乗った
都電荒川線
東京に今も残る路面電車だ

一昨年
クラゲさんが
自身のブログ(jellyfishcafe)に都電荒川線のことを記されていた

 Tokyo tram 散歩

これを見て以来
ボクもいつか

 荒川線に乗ってやろう

と思っていた
時が経つにつれて
その思いは大きく膨らんで
新世界のづぼらやの河豚提灯のように
いまにもはち切れそうになっていた
そして
夢にまで見たその日が
ついに来たのである

 大袈裟だという指摘もある

東池袋のタイ国料理「アユタヤ」でうまい昼めしを食べたあと
スガモプリズン跡地を横目に見ながら
ボクらは「東池袋4丁目」電停まで歩いて
そこから路面電車に乗った
昭和の時代を感じさせる小さなトラムは
小さな電停をいくつか過ぎて
どずさん推奨のカーブ地点「王子駅前」に到着した
ここは
トラムがJR東北本線、京浜東北線、上越新幹線などの高架を潜ると同時に
直角カーブを一気に曲がって王子駅前電停に入ってくる
というトラミスト垂涎の撮影スポットである

ボクは伊奈英次のヘルシンキをイメージしながら
(実際にはただの撮り鉄オヤジになりながら)
走ってくるトラムや
走り去るトラムを撮りまくった
何枚も何枚もシャッターを切りつづけた
あんまりいっぱい撮りすぎて
とうとうフィルムがなくなってしまった

 デジカメのくせにという指摘もある

都電荒川線は
「三ノ輪橋」と「早稲田」を結んでいる
三ノ輪がどこで早稲田がどこなのかは知らないが
電停の数は全部で30もあるらしい
いつか一日乗車券を買って
すべての駅で途中下車して写真を撮りたいと思う
・・・と
こんなことを書くと
またわてださんに

 えーなーへーぞーは、ヒマで

と言われそうだが
これも市中見回りの一環、お役目なのだ

今回は「東池袋四丁目」から「王子駅前」まで10駅
地図で見るとほんの目と鼻の先だ
センチメートルジャーニー
ああ
楽しい
楽しい






都電路線図

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料金はどこからどこまで乗っても大人160ヱン、子供80ヱンである
1歳未満の乳児は無料なので赤ちゃんの団体が100人で乗ってもタダである






                           "Deep Tokyo DOZ Tour" part 3

by ikasasikuy | 2012-03-28 02:30 | トラム総論 | Comments(5)
2012年 03月 27日
とげぬきじぞう
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巣鴨地蔵通商店街
OLYMPUS E-410




巣鴨へ行ってきた
「巣鴨地蔵通り商店街」
おばあちゃんの原宿である
ここも一度だけでいいから来てみたかった場所だ

巣鴨と聞いて
スガモプリズンを思い浮かべた人がいるかもしれない
東京裁判が行われたあの巣鴨刑務所だ
しかし
あの巣鴨とこの巣鴨はちょっと場所がちがう
あの巣鴨は今は東池袋3丁目と住居表示が変わっていて
刑務所の跡地はサンシャインシティになっている
戦犯が絞首刑にされた処刑場はいまは東池袋中央公園だ

ボクらが行ったのはこの巣鴨だ


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アーチはあるがアーケードはない
お爺さんもいるがほぼお婆さんだ



山手線の巣鴨駅側から入って
都電荒川線の庚申塚駅まで直線800m
これを往復すると「奇跡の1マイル」になる
おばあちゃん御用達のブティックから塩大福を売る店など
商店街の両側にはびっしり店舗が建ち並び
そのすきまを屋台店が埋めつくす

商店街に入ってすぐのところに高岩寺(とげぬき地蔵)がある
お地蔵さんは一般公開していないが
観音さんを洗うことが出来る(洗い観音)
長蛇の列ができている
並んでるあいだもおばあちゃんらの口は動きっ放しだ
塩大福を頬張ってたり
芋ケンピをしがんでたり
南京豆を噛みにくそうに噛んだり
口の中に何も入っていないときは喋りっぱなしだ
その賑やかなこと・・・

以下は巣鴨地蔵通商店街の賑わいぶり


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【上左】
商店街に突然現われるとげぬき地蔵で有名な高岩寺の山門

【上右】
洗い観音を洗って願をかける参拝客

【下左】
お目当ての店の塩大福をゲットして満足そうに微笑む巣鴨ではまだまだ若手
「買っちゃったねー」
「買っちゃった、買っちゃった」

【下右】
とげぬき地蔵に弟子入りしたがまだまだ修行が足りないお地蔵さんたち



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【上左】
お婆ちゃん御用達のレディーメイドブティック

【上右】
ブティックで赤パンツを選ぶお婆ちゃん

【下左】
マ・レーニーにそっくりな「玉こんにゃく」の屋台のおばちゃん

【下右】
イカの干物からイモの干物まで何でもそろう乾物屋さん



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【上左】
買いすぎたかなと紙袋を見つめるお婆ちゃん
たこ焼きの屋台の前には何故か60年後が楽しみな少女たち

【上右】
「ここの塩大福ちょっと甘すぎんだよね」
「塩ってぇぐらいだからさぁ、しょっぱくなきゃダメだよね」

【下左】
「塩大福はやっぱりみずのだね」
「あたしゃいせやがいいね」
「いせやはダメだよあんた」
「なに言ってんのさ、いせやがいちばんだよ」
と激しく言い合いながら
楽しげに家路に着くお婆ちゃんたち

【下右】
塩大福を商う店の前はどこもこのひとだかり



それにしても
いっぺんにこれだけのお婆ちゃんを見たことがあっただろうか
聞こえてくるお婆ちゃんたちの会話は
日頃大阪のお婆ちゃんらの会話を聴き慣れた耳にはとても新鮮な響きだった
要約すると
巣鴨へ言ったらなにはともあれ「塩大福」ということだ
そこでボクらもひとつづつ買って食べたが
餅粉でクチビルの水分がぜんぶ吸い取られてしまった
味は・・・うまかった




                      "Deep Tokyo DOZ Tour" part 2

by ikasasikuy | 2012-03-27 07:26 | 宗教民俗学 | Comments(6)
2012年 03月 26日
たいしゃくてん
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帝釈天
OLYMPUS E-410



帝釈天へ行ってきた
正式名は「経栄山題経寺」
つまり仏教(日蓮宗)寺院である
ここも一度は訪れてみたい場所だった

帝釈天のある葛飾柴又は
京成本線の高砂で金町線に乗り換えて次の駅だ
駅を出ると寅さんのブロンズ像が・・・
実物大だろうか
顔は実物より若干シュルレアリスムな感じだ
そうか
寅さんが死んでもう4年になるのか
早いものだ

「男はつらいよ」は
最初はテレビの連続ドラマだったが
最終回で寅さんは沖縄でハブに噛まれて死んでしまう
その結末に視聴者から抗議が殺到した
そして
とうとう映画「男はつらいよ」で復活したのである
モートルの貞の田宮二郎は実弟の清次役で復活し
素浪人月影兵庫の近衛十四郎は兵庫と瓜二つの花山大吉で甦ったが
寅さんは寅さんのまんま生きて帰ってきた
どうやって生き返ったしたのだろう

 インチキぢゃんという意見もある

映画「男はつらいよ」のシリーズは売れに売れ
第48作(1969年〜1995年)まで続いた
48連作は世界最高記録としてギネスブックにも認定されているらしい
安易に作ったテレビドラマが予想外の人気を得て
引っ込みがつかなくなって死んだ主人公を生き返らせ
もうかるので26年間も作り続けたというエクストラマンネリズムの映画だ

駅から帝釈天まではすぐだ
歩行距離にして約300メートル
老人にも優しい距離だ
しかし
残念なことに
参道を柴又街道が横切っている
信号機が設置されているとはいえ
クルマが猛スピードで通るので危険が危ない
年間何十万人ものお年寄りがここでクルマにはねられている(んじゃないかと思う)
こんど石原クンに言って参道はそのままで街道を地下か高架にしてもらおう
参道はどんなことがあってもバリアフリーでなければならない

柴又街道を超えて少し歩くと
山門越しに帝釈天がその姿を現す


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思っていたよりこじんまりした本堂だ
境内も意外なほど狭い
それはそうだ
映画「男はつらいよ」で有名になりすぎて
頭の中でイメージがふくらみすぎていたのだなぁ

 私
 生まれも育ちも葛飾柴又です
 帝釈天で産湯を使い
 姓は車、名は寅次郎
 人呼んでフーテンの寅と発します

この台詞だ
これがイメージを膨らませる原因だ
もし映画「男はつらいよ」がなかったら
訪れる人も少なくひっそりと静まりかえった寺だったにちがいない


帝釈天からさらに200mほど東へ行くと江戸川に出る
ここにあの「矢切の渡し」があるらしい
徳川幕府が設置した渡し場だが
細川たかしが歌った曲が大ヒットしたおかげで
いまでは観光スポットになっている
もちろん渡し舟も営業しているそうだ
渡し賃片道100ヱン
渡ったところは埼玉県松戸市
矢切は松戸市の地名だが今は使われていない
観光客はみなこの渡し舟に揺られながら歌うんだろうなぁ

 つれて逃げてよ
 ついておいでよ
 夕暮れの雨が降る
 矢切の渡し
 親の心に背いてまでも
 恋に生きたい二人です

もしこの歌がヒットしていなかったら
渡し舟は遠の昔に消え去っていたにちがいない

いい歌だなぁ
チューインガムの北へ消えゆく二人を思い出した



そんなわけで
帝釈天まで産湯をつかいに来たのだが
ここは温泉ではないと断られた
もちろん足湯もない
しかたがないので
せめておみくじだけでも引いて帰ろう・・・と

(なお、帝釈天は神社ではないので巫女はいない)


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吉 三十七第



結果は
残念ながら「吉」だった
つまり「スカ」だ
根津権現に続いて連続大吉を狙ったのがいけなかった
にんげん欲をかくとろくなことはない
舌切り雀の話を思い出せ
(ボクはよくばりばあさんか)


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都内とは思えない長閑さである
これもまた
鐘ヶ淵や谷中とはちがう都会らしくない東京のひとつだ


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寅さんの立像と草だんごの「とらや」



おいちゃんも、おばちゃんも死んでしまったが
「とらや」は健在であった
ゑびす屋で天丼を食べたあとで満腹だったけれど
いま思えば
やっぱりとらやの草だんご
無理にでも食べておくべきだったなぁ

柴又街道の手前の「ゑびす屋」
うまかったけどボクにはちょっとつゆが濃すぎたなぁ
食べたあと
喉が渇いて
喉が渇いて


たぶん
おそらく
もう二度と柴又へ来ることはないと思うが
来て良かった




                      "Deep Tokyo DOZ Tour" part 1

by ikasasikuy | 2012-03-26 11:02 | 宗教民俗学 | Comments(8)
2012年 03月 25日
ほんじょふかがわ
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小名木川萬年橋上より隅田川出合
OLYMPUS E-410



本所・・・
鬼平犯科帳によく出てくる地名だ
江戸時代以前から本所と呼ばれていたようだ
平蔵が若い頃に住み暮らし
「本所の銕」の異名を取った下町でもある

隅田川の両国橋の名の由来は
武蔵と下総の両方の国をつなぐ橋という意味だ
本所は両国橋の東のエリアにある
つまり
下総国だ
したがって
徳川の時代では「首都圏」ではなかった(ことになる)
この本所と深川はセットになっていて

 「ほんじょふかがわ」


ひとまとめに呼ばれれることが多い
深川は本所の南
海岸沿いの漁師の住む町だ
さてそこでギモンだが

 本所と深川の境界線はどこなのだろう?

とりあえず
深川から歩いてみる


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深川・富岡八幡宮



江戸時代
深川の小名木川は非常に重要な役割を果たしていた
周辺諸国(関東一円)から運ばれてきた産物は
すべて小名木川に集荷されるように運河を張り巡らされいた
徳川幕府が施策した都市計画のひとつである

小名木川の河口付近に五間堀と呼ばれる運河が引き込まれていた
萬年橋の袂から北東方向に延びる運河で
いまの地下鉄「森下駅」の少し北側まで伸びて鈎型に曲がって終わっていた
五間堀は昭和になってすべて埋め立てられて道路になったが
森下駅付近の地図を見れば
道路と街区の形状から堀を埋めた痕跡は一目瞭然である
周辺の道路に対して30°あるいは60°の角度がついている
(横浜中華街の45°と同様の理由である)


 当時その五間掘には
 弥勒寺という寺があり
 門前にお熊婆さんの茶店「笹や」や
 三次が切り盛りする軍鶏鍋の「五鉄」があった
 五鉄の二階には平蔵の相棒相模の彦十が厄介になっていた



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仙台堀/深川不動堂
隅田川新大橋/小名木川萬年橋



五間堀跡へ行ってみた
もちろん埋められ道路になっていた
「笹や」も「五鉄」も「弥勒寺」さえもなかった
当然ながらお熊婆さんや三次や相模の彦十もいなかった

そういえばテレビドラマの鬼平犯科帳で
笹やのお熊婆さんを演じたのは北林谷栄だった
絶妙の演技だった
北林谷栄(1911年5月21日生)
ロバートジョンソン(1911年5月8日生)と同級生だ
誕生日も二週間もちがわない
お誕生会は同じグループだったんだろうなぁ

 幼稚園かという指摘もある

ジョンソンは27歳で死んだが
北林谷栄は98歳まで生きてつい一昨年の春に死んだ
彼女が出ている映画をたくさん観たが
若い頃からずっとお婆さん役だった
どの映画をみても必ず老婆だった
日本一の名女優だった


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松尾芭蕉像/仙台堀海辺橋
地下鉄森下町付近/隅田川水上観光バス



ほんじょふかがわ
ここへはまた来るような気がする
門前仲町で地下鉄を降りて
富岡八幡宮でおみくじを引いて
参道で深川飯を食べて
小名木川か仙台堀で江戸前のハゼを釣って
日が暮れたら月島でもんじゃだ

こんなことを書くと
またわてださんに

 「えーなーへーぞーは、あそびまわって」


言われそうだが
これも市中見回り
大切なお役目のひとつなのである

by ikasasikuy | 2012-03-25 09:44 | 文化人類学 | Comments(6)
2012年 03月 24日
ねづごんげん
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根津神社
OLYMPUS E-410



谷中へ行ったついでに根津へ行った
谷中、根津、千駄木は
「やねせん」といって三つでワンセットになっている
そして
根津と言えば「根津のたいやき」だ

 ちがうという指摘もある

そうそう
根津と言えば「根津神社」だ
親しみを込めて根津の「権現さん」と呼ぶ
「ごんげんさん」・・・
短い単語の中に「ん」が三つもある
さらに大阪弁で言うと
「ごんげんさんやん」
四つになる

 言わなくていいという指摘もある

東京十社のひとつに数えられる
十社とはつまり
神田明神
富岡八幡宮
・・・えーと
・・・えーと
まあ
知らなくてもそんなに困らないと思う


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根津神社本殿



お賽銭をあげて
ガシラの大漁祈願をして
おみくじを引くために社務所へ行く

残念なことに巫女さんはいなかった
巫女さんの替わりに
白装束に袴を着けた若い禰宜(ねぎ)さんが店番をしていた

 店ではないという指摘もある

「おみくじ引きます」
「100円です、その小槌を振ってください」
「こづち?」
「そこに転がってる木のハンマーです」
「六角形の筒とちがうんですか」
「六角形の筒はもう古いです」
「古い?」
「これからは打ち出の小槌の時代ですよ」
「ほんまですか」
「ウソです」
「ウソ?」
「うちはずっと前から小槌なんです」
「けったいな禰宜さんやな・・・出ました」
「あ、言っときますが、子ぇのとか辰のぉとかはダメですよ」
「わかってます」
「何番です」
「丑のぉ・・・」
「退場してもらいますよ」
「ちゅんまてん、ただの第二十二番です」
「最初からそう言ってください」

受け取ったみくじは第二十二番ではなく第二十番だった

「ちょっ、ちょっ、ちょっとまっとくなはれ」
「どうしたんです」
「これ二十番でんがな、わたいの引いたん二十二番でっせ」
「そりはすんずれいすますた」
「あーた東北のかたですか」
「あぎだげんすっすんでっすぁ」
「急に訛りだしましたね、だいじょうぶですかぁ」
「でぁーじょーぶだなぃやぁ、ぬずうぬばんのおんみくずだべが」
「あかん」

受け取り直した第二十二番のおみくじは・・・


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第二十二番 大吉



やったー!
見事っ!
今シーズン第一号の「大吉」であった


権現様へ詣でたついでに
日本一うまい「根津のたいやき」を買いに行ったら
閉まってた
定休日?
あとで調べたら
火曜日と金曜日が定休日らしい
今日は火曜日だ
なんというわがままな定休日だ

by ikasasikuy | 2012-03-24 13:55 | 宗教民俗学 | Comments(2)
2012年 03月 23日
やなか
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谷中霊園
OLYMPUS E-410



谷中と書いて「やなか」と読む
「タニナカ」ではない
「ヤなか」・・・いわゆる重箱読みだ
谷中は町の殆どが寺と墓場らしい
それに
ひとよりネコのほうが多いと聞く
じつはずいぶん前からここへ来たかった
理由は
墓と猫の写真を撮りたかったからだ
そんなわけで
二、三年前から
「谷根千ウロウロ」というブログに魅了されている
ボクもこんな写真を撮ってみたい


日暮里駅の南口を出るといきなり墓だった
見渡す限り「墓」「墓」「墓」である
こんなにたくさんの墓石を見たことがあっただろうか
ところが
肝心のネコがいない
いったいどうしたというのだろう
まだ寒いからだろうか
こたつでまるくなっているのかもしれない


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Tomb of Tokyo



谷中墓地からもスカイツリーは見える
ここからこうやって巨塔を眺めると
まるで大都会の墓標のように思えてくる

 「大東京ここに眠る」

人類が滅亡したとき
東京という街がここにあったことを示すのか


墓地を抜けてネコを探しながらしばらく行くと
不思議な光景に出くわした
家の中から木が生えているのだ


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みかどパン店



じつはこの木
ずいぶん前にテレビの散歩番組で見たことがあった
「みかどパン店」だ
こんなところにあったのか
ほんとうに家の中から大木が生えているように見える
木の方が家よりはるかに大きいし立派だ
ヒマラヤスギという木らしい
夏は涼しくていいけれど
冬は日当りが悪くて寒いだろうなぁ


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「ねこ注意」・・・ふだんは注意が必要なほどたくさん居るということか



ヘビ道を抜けて
谷中銀座へ向かう
ヘビ道は蛇のようにクネクネと曲がっているのでそう呼ばれている
もともと川が流れていたところを埋めて道路にしたらしい
「蛇行」という言葉を思い出しながら歩いた
途中路地をみつけてはネコはいないかと探し回ったが
一匹も見つからなかった

谷中銀座の脇道の狭い路地で
ついに

 ネコ発見

歩き始めて一時間
やっと念願のネコとの遭遇だ
しかし
このネコ
かなり警戒している
近寄ると逃げてしまいそうだ
バッグから望遠レンズを取り出そうとすると
ああ
逃げてしまった
何もしないのになぁ
写真を撮るだけなのになぁ

少し行くと
また別のネコに遭遇
しかしこれまた警戒心が強い
目と目が合った瞬間
猛ダッシュで20mぐらい逃げた
物陰からこちらの様子をうかがっている
だめだ
近寄れない


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一旦谷中銀座に戻って
サトー肉店でコロッケと串カツをひとつづつ買う

「歩きながら食べる?」
「いえ、食べながら歩きます」
「すぐ食べる?」
「はい、すぐ食べてくれるかなぁ・・・
「熱いから気をつけてね」
「はいはい」

食べ物で釣る作戦だ
コロッケと串カツは揚げたてでいい匂いがしている
まだ熱い
ネコは猫舌だからなぁ・・・
それに猫背だ

 背中は関係ないという指摘もある

くだんのネコ発見ポイントへ戻ると
くだんのネコは同じ場所に居た
物陰に身を潜めているが
耳と尻尾が見えている
よしよし
こんどは釣るぞ

 「おーい、コロッケやでー」
 「串カツもあるでー」
 「めっちゃおいしいねんでー」

ダメだ
知らんぷりをしている
大阪弁は通じないようだ
よし
少しちぎって投げてやる
ネコはコロッケを見ている

身動きひとつしない
もう少しちぎって投げてやる
見ているが微動だにしない
いったいどうしたというのだ・・・
腹が減っていないのか
少し近寄ると
ああ
全力疾走で逃げてしまった
残念だ
おかしいなぁ
こんなはずではないはずだ
もしかしたら
ボクが何か危険信号を発しているのかもしれないな


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そんなわけで
手には串カツ一本とコロッケが半分・・・
しかたがないので
むしゃむしゃ食べながら日暮里駅へ戻った
結局ネコは釣れなかった


  入れ食いと 高を括って 猫坊主

                 どろ


望遠レンズに交換する必要がなかったおかげで
レンズはなくならずにすんだ

by ikasasikuy | 2012-03-23 08:31 | 文化人類学 | Comments(8)
2012年 03月 22日
かねがふち
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鐘ヶ淵駅
OLYMPUS E-410



秋山小兵衛に会いに鐘ヶ淵へ行く
浅草から東武鉄道伊勢崎線に乗って
業平橋、曳船、東向島、4つめが鐘ヶ淵である

池波正太郎の小説「剣客商売」によれば
四谷の無外流道場を畳んだ小兵衛は
おはるとふたりで鐘ヶ淵の隠宅へ移り暮らしているはずであった
おはるというのは関谷村の出の気だてのいい田舎娘で
四谷に道場があったころに雇い入れた女中だが
六十を過ぎた小兵衛が手を付けたものである
自らも言っているように
小兵衛は老齢になって俄に好色になった

この隠宅は四谷伝馬町の御用聞き弥七が手配した物件で
小兵衛は甚く気に入っていたが
四谷と鐘ヶ淵は10kmほど離れている
ことある毎に隠宅へ呼びつけられた弥七と徳次郎は
相当な健脚であったにちがいない
大川の水を隠宅まで引き込み舟を着け
市中へ出向くときは小兵衛はもっぱらおはるに舟を漕がせた


駅西口を出ると
目の前が鐘ヶ淵駅前商店街である


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鐘ヶ淵駅前商店街



駅前にはマクドナルドもあって
少しは賑わっているのかと思ったが
商店街のアーチをくぐると

 なにもなかった・・・

商店街なのに商店がない
いや
よくみると
所々に商店の痕跡というか面影はある
そうか
面影商店街だったのか・・・

商店街のアーチには店の屋号がびっしりと記されている
それらしき面影のある店もいつから閉めているのか
長いあいだ商売をしていないように見える
それでも
一軒だけ営業をしている八百屋があった
路上に野菜や果物を広げて
ここだけは異様に活気があった


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八百屋/都営アパート
大川(隅田川)/木母寺



八百屋を通り過ぎて振り返ると
向こうに商店街のアーチが見える
本当にここは駅前商店街なのか・・・
周囲を見回してもやっぱり開いている店はこの八百屋一軒だけだった

墨堤通りを超え
大川(隅田川)を目指して歩くこと十数分
水神大橋の上に出た
大川が春の日差しを浴びて輝いていた
下流に向かって左の岸が「鐘ヶ淵」である
秋山小兵衛の隠宅があるはずだが
高速道路が邪魔をして見えない
川岸は首都高速6号向島線になっている
高速道路の向こうに東京スカイツリーが見える
この巨塔
東京のどこからでも見える
どずさんによると筑波山からも見えるらしい

この少し上流で川が鈎型に曲がっていることから「鐘ヶ淵」とか
寺の梵鐘を舟で運んでいて誤って落としたので「鐘ヶ淵」とか
地名の由来には諸説があるが
いずれいまとなっては知る術もない


白髭公園の中を抜けて木母寺へ向かう
このあたりに小兵衛の隠宅があるはずだが・・・
建物の形跡はまったくない
いまは白髭公園として整備されてしまっている
川沿いには木母寺がぽつんと残るのみだ
おそらく
すぐそばに茅葺きの小さな隠宅があったに違いない
そして
その縁側で春の日差しを浴びつつ
おはるの膝枕で楽しい夢をみる小兵衛の姿があったはずだ

 風が出てきた
 寒い
 帰ろう・・・

結局
小兵衛にもおはるにも会うことは適わなかった
しかし
積年の「鐘ヶ淵の隠宅を訪ねる」という思いが晴らせて
吹き付ける冷たい風にもなにやら春の気配を感じる平蔵であった

 平蔵だったのかという驚きの声もある

by ikasasikuy | 2012-03-22 08:31 | 江戸文化 | Comments(10)