2012年 04月 22日
阪神元町駅
c0120913_17293640.jpg
阪神會舘



今はなき阪神會舘である
1936年(昭和11年)の建築らしい
淡水軒の前あたりから戦前に撮られた冩眞だ
昭和11年といえばちんちんトラやんず(現阪神タイガース)創設の年でもある

「大阪行阪神電車のりば」
「またずにのれる」
「直営阪神食堂」
「阪神會舘映画場」

などの看板が見える
会館ではなく「會舘」に時代を感じる

地下が阪神元町駅になっていた
いわゆる「駅ビル」というやつだ
重厚な建築物が多い神戸にしてはかなり貧相なビルである
それに典型的な下駄履きビルで地震に弱そうだ
ただし
阪神淡路大震災の7〜8年前に取り壊された
いまは
「元町阪神ビル」として生まれ変わっている
地下は阪神元町駅のままだが
上階は日本中央競馬会の勝馬投票券場外発売所(ウインズというらしい)になっている

by ikasasikuy | 2012-04-22 07:49 | 建築学 | Comments(5)
Commented by 猫宮トラオ at 2012-04-22 09:56 x
こんにちは

いつかは此れの写真が出るかと期待しとりました。
「阪神会館」なんて軽っぽいもんやなしにずっしりと「阪神會舘」

とは言うても共に今は無き阪急三宮ビルに比べたら
やっぱし貧相ですね。
撮影時期が竣工後幾らも経って無さそうなのに何故か写りも
小汚い・・・
浜甲子園にあった旧阪神パークの建物や、極め付きのライト式
旧甲子園ホテルと比較したら同一企業とは思えんほどの安っぽさ
に見えてしまいます。
それはまァ、ともかく
窓がびっしりカーテンで覆われてる4階が「映画場」みたいですね。映画館でなしに「映画場」と名乗る辺り
少し遠慮してはる様子が伺えますね。



Commented by ikasasikuy at 2012-04-22 11:21
ねこどの
生家が阪神鳴尾駅やったので
神戸へ「行く」ときは必ず阪神でした
行く目的の大半は買いもん(そごう大丸)で
映画とご飯のときもありました
100回のうち95回は三宮で降りたと思いますが
ときどき元町まで行きました
ただし
帰りは元町から乗って帰ることもよくありました
おかんが「三宮から乗ったら混んでて座られへんし」
ゆうてた思います
そやからこの駅ビルを利用したことは間違いないんですが
なんせ子どもの時分のことで
はっきり憶えてません
(今朝のことでも忘れてるぐらいやから)
ほな
なにを憶えてるかと言うと
今でもそうですけど
神戸の駅は三宮も元町も梅田といっしょで「地下」にあるということと
改札を出たら地下街があったということぐらいです
ボクが6歳のときに
元町からさらに西へ行けるようになった(高速神戸鉄道開業)ので
湊川やら新開地へも行きました
そのころはまだ
新開地も今よりは賑やかでしたけどね
Commented by ikasasikuy at 2012-04-22 11:33
つづき


1960年代後半から1975年ぐらいまでは
ボクはもう「親に連れられて」神戸へ行く歳ではなかったので
友だちとか独りで神戸へ行きました
その頃すでに「元町=おっさん臭い」イメージやったので
行きも帰りも三宮で
元町エリアへ足を踏み入れることもなかったです
阪神鳴尾駅は普通しか止まらへん小さな駅で
大阪へ行くときは尼崎センタープール前で特急と急行に追い抜かされて
尼崎で次の特急か急行に乗り換えて行くので
時間がかかってしゃあなかったですが
神戸へ行くときは
えびすで特急に乗り換えるだけやったので早かったです
1976年以降は阪急沿線に引っ越したので
阪神に乗る機会がめっきりなくなり
1990年頃に「阪神會舘」が建て替えられたのも知りませんでした
建て替えられてへんかったら
あの地震でぐしゃぐしゃになってたんちゃうかなと思います
Commented by 猫宮トラオ at 2012-04-22 15:08 x
イカどの、こんにちは

そうですか
どこのオカはんも同じやうなことを考えはるのですね。
うちのも「元町からやったら座れる」よう言うてました。
夜の7時代(と思います)になれば流線型の特急が甲子園に
停まるので特急に乗ったら僅か20分ほどですが猫は興奮しました。
あの「3011」型特急専用車は後日、全て他の赤胴車並に
大改造されてしまいましたが、今にして思えばもっと茶色の旧小型車に乗っておくべきだったと思います。
(センタープールの高架下に旧601型と旧1101型が2輌
のみ今も埃に塗れて放置されてます。是非一度視察を)

そう言えば元町駅地下は廉価の散髪屋以外、何か薄暗い、時の流れが停止したような雰囲気でしたね。撞球場とか。
Commented by ikasasikuy at 2012-04-22 17:40
ねこどの
元町有楽名店街
どないなってるんでしょうねぇ
ながいこと地下に潜ってません
散髪屋はまだやってるみたいです
だいたい
高所より閉所が苦手で
地下に居るというだけで落ち着かへんのですけど
こんど
久しぶりに地下街探検に行ってみようと思います

ほんで
3011型特急専用車てゆわれても
鉄道に造詣が浅いのでかいもくわかりません
ボクが鳴尾に住んでた昭和50年までは
鳴尾に停車するのは
上がクリーム色で下が紺色のツートーンカラーの「普通」だけです
(たまに銀色一色のも停まってたような気もします)
特急とか急行は下の紺色のとこががオレンジ色に塗ってあって
いかにもはやそうに見えました
最近はなんば行くのにちょいちょい阪神に乗るんですが
普通も急行も色合いが「愛想ない」電車になってて
昔の良い時代の阪神電車の面影ないです
ツートーン以前の焦げ茶色一色の電車は
もはや記憶の片隅から消え去ろうとしています
電車の色は
ボクはあの阪急マルーンと夕日色した環状線が好きです


<< はちまんさん      野に咲く花の名前は知らない >>