2007年 01月 23日
落柿舎
落柿舎_c0120913_9152753.jpg上州(いまの群馬県)に「七ツ梅」という名酒がある
幕府大奥の御膳酒として愛飲され
江戸市中において
関東第一位の地位を占める由緒ある銘柄である

七ツ梅の名の由来は
「梅の花は暁の七ツ時に最も香りが立ち上がる」
と言われることによる
つまり
現在の午前四時である




まだ明けやらぬ清水門外カレーうどん改方役宅には
一心不乱に書き物をする長谷川平蔵の姿があった
時刻はまさに暁七ツ
幕府の若年寄、京極備前守高久へ宛てた報告書を認めているのである
それから一刻あまり
漸くに東の空が白み始めた折を見計らい
下男の存吉を使いに走らせた

「和田山の蓑吉のところまで行ってくれ」
「はい」
「本日の探索に同道せよと伝えるだけでよい」
「かしこまりましてございます」

半刻もせぬうちに存吉は駆け戻ってきた

「長谷川様」
「どうした」
「野暮用で同道できぬとのことでございます」
「なに、蓑吉がそう申したのか」
「さようにございます」
「うぬぬぬ、怪しからぬやつめ」

須田与力の進言を強引に退け
和田山の蓑吉を密偵に取り立てやったのだが

「須田の言う通り佐渡へ送るべきであったか・・・」

些か早計であったかと思い始める平蔵であった


昼近く
西天満五丁目あたりを独り歩む平蔵の姿を見ることができる
本日の探索は「落柿舎」という洒落た屋号のうどん屋
すなわち
あの日乃出屋綿左衛門が推す店である
大きなビルヂングの一階に「落柿舎」はあった

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入り口にはゴテゴテとはり紙が貼られいる
店内も雑然としており、さながら下町の一膳飯屋である
カウンターの隅に腰掛けた平蔵へ

「いらっしゃませー」


元気そうな女将がお茶を持って現われた
まるまると肥えてはち切れんばかりの初老の女将である

「カレーうどんをたのむ」
「かしこまりましてございます」

奥の調理場に亭主らしき男がいて
どうやらこの二人は夫婦者のようである
始終二人で楽しげに会話をしながらも
手を休めることなく忙し気に立ち働いている

待つこと十分強
注文したカレーうどんが運ばれてきた

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出汁は黄色みが強く
出汁の中になにやらゴテゴテと具が入っている
牛肉、玉葱、青葱、キャベツ,贋しめじ、松の実

まず出汁をひとすすり

「うむ、これは微妙じゃ」

即席カレー粉を使っているのであろうか
ピリリと辛味は効いているがさほど刺激的ではない
これは鯖節であろうか
和風ではあるがさほど強い風味でもない
キャベツの甘味がほどよく溶け込んではいるが
いまひとつ切れがないといえばない
いわゆる昔ながらの蕎麦屋のカレーそばの出汁と思えばよい
牛肉は鯣の様に硬く平蔵の歯には合わなんだ

次に麺をひとすすり

「おお、なるほどこれが日乃出屋のいう細々目うどんか」

極細のこの麺は
絶妙のコシと軟らかさで
カレー出汁に見事に絡んでいる
これは悪くはない
いやむしろ上等である
一長一短はあるものの
まず及第点をクリアしたカレーうどんであると平蔵は評価した

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「亭主、なかなか良いカレーうどんじゃったぞ」
「ありがとうさまにございます。手前どもでは材料をじゅうぶんに吟味いたしておりますです。あ、キャベツですございますか、はい、キャベツは京都の露地物でございまして、甘味がまったく違いますです。それに葱は九条葱にございます。九条葱はカレーうどんにはなくてはならぬ葱にございます。京都の農家と契約をいたしまして、安定した供給を確保いたしておりますです。麺でございますか、はい、麺は自家製麺にございます。この機械で極細に製麺いたしておりますです。もちろん国内産の厳選した小麦粉を使用いたしておりますです。最近テレビに出ている料理人などは傲慢でいけませんです。味は十人十色と申しますです。これが絶対などということなど絶対にございません。カレーうどんにいたしましても、辛ければよいというものではございませんです。そもそも調理と申しますのは・・・」
「うむ、もう、よいよい、よぉわかった」

この亭主
講釈を語らせておけば明日の朝までも語るであろう
まったく困ったものである
苦笑を噛み殺しつつ店を出る平蔵であった

by ikasasikuy | 2007-01-23 09:13 | カレーうどん改メ


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