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2006年 08月 29日
エデン
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新開地が生まれたのは1905年(明治38年)
旧湊川が付け替え工事のため埋め立てられたことによる

モノの本にある
その後
その南北に細く長い埋め立て地は
24劇場、200店舗を擁する大歓楽街として急速に発展し
東の浅草
西の新開地
とうたわれた時代が到来する
当時新開地は紛れもなく神戸の中心地であった
いまの三宮界隈以上の賑わいをみせていた

「えーとこえーとこしゅーらっかん」
と唄にもなった聚楽館が演劇場から映画館に転向し
新開地は西日本一の映画の街となる
映画が国民最大の娯楽といわれたころ
正月三日間の集客数40万人を超えた
近隣の西宮市や尼崎市の総人口が一度に新開地に集まったことになる
ルミナリエどころの騒ぎではない

喫茶エデンは1948年(昭和23年)から新開地で営業を始めた
太平洋戦争終戦直後である
進駐していたアメリカ軍が撤退すると
新開地は昔の栄華を取り戻した
しかしそれも束の間
市役所の移転
娯楽の多様化による映画ファンの減少
新開地南部の大工場の移転閉鎖などによる集客数の減少などにより
その後
新開地は周知の通り衰退の一途をたどる
つまり
喫茶エデンは
新開地の「栄華と衰退の歴史」を知る数少ない店なのである

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店の扉を「ギィ」と開けると
カビくさいにおいが漂う
床は「ギシギシ」ときしむ
テーブルは「ガタガタ」と揺れる
客はいずれも当時の紳士、淑女
昔を偲ぶように静かに一杯の珈琲を楽しんでいる

聚楽館と向き合いつつ
街に溢れる人々に何杯の珈琲を提供してきたことか
いまはその聚楽館もなく
エデンは目立たぬように街角にひっそりと佇んでいる

by ikasasikuy | 2006-08-29 17:06 | 大衆社会学